おねずみ三千世界

これより西方、十万億もの仏国土を過ぎて、世界があるが、それを名づけて極楽という。

100年の恋も冷めるときがあるのか

これはそう、というよりも、そもそも恋というのは冷めるものである。

恋というのは90%妄想で成り立っているからだ。

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出会った時は「私が好きなあの人はこんなに良い人に違いない。私の理想の人!」と妄想を膨らませていくのだが、会う回数が増えたり、中が親密になってくるとともに現れる、曝露される事実に「こんな人だとは思わなかった」と冷めてしまうのである。

これは自分が勝手に作り上げた幻想と恋をしているのであって、後に判明する現実との乖離に苦しむことになる。

大人は経験でこれを知っているので、あまり簡単には恋に落ちなくなる。親密になった、その後が大事、と身を持って知っているからである。

 

この自分の理想をも上回ってくる相手がいた時に、とてつもない愛情と依存が始まるわけだが、それも回数が増えると、自分の理想が高くなってしまう。

「あの時の相手は、こういう点が素晴らしかったのに、今のパートナーにはそれが足りない」という今まで相手に課していたハードルがぐんぐんと上がってしまう。

歳を重ねるごとに理想が高くなってしまうのも、多くはこれが原因だろう。

 

経験を重ねるのはいいことだが、どこかにそれが良いことばかりではなくなる臨界点があるのかもしれない。

 

何にしろ、今は自分の幸せだけを追い求めることが許されている時代である。魅力的なパートナーを得ることよりも、まずは自分が魅力的になることを目指すのが健全ではないか。

他人と過去は変えられない、というやつである。