おねずみ三千世界

これより西方、十万億もの仏国土を過ぎて、世界があるが、それを名づけて極楽という。

推し活とは自分の欲望を一方通行でぶつけるものなり

それは性欲にも似たり。

嵐のラストライブに実親のお通夜が重なったのでライブを優先した人の話が盛り上がってる。

それが自分の子供のお通夜でもライブに行くのか?という家族の関係性を問うもの、それがAKBのライブだったら行くのかなどと対象のレアさを問うもの、色々な意見が紛糾しているが、そもそもの話として推し活について書いておきたい。

 

推し活とは「〜は俺の嫁」「〇〇ちゃん萌え〜」というように基本的に二次元キャラクタに対しての活動、感情の発露であり、それが三次元になったところで対象が「自分とはコミュニケーションを取らない」「対話ができない」「自分の影響の範囲外である」という事柄は変わらない。

 

「〇〇ちゃん好き好き〜」と言っても、向こうがあなたを好きになることはない。

それでいいのだ。

「ヒロシさん、一生ラブです」

と言った明日、ファンを辞めても何も罰は受けない。

 

ただ一方的に好きと言える存在。残酷だが、是も非もなく、推し活は相手を人間扱いしては出来ないものなのだ。

 

もし私が「実の父親が死んで通夜があったけど、ライブに来ました!」と面と向かって言われたら「(こいつはやばいな・・)」と思うだろう。

(もしホストだったら「俺を優先してくれてありがとう😊香典代わりにシャンパン入れてくれる?」とか言うだろう。ひとでなしである)

つまり相手をまともな感覚のある人間とは思っておらず、自分が愛したいだけ、相手がどう思おうが構わない、という関係性でのみ成り立つ活動なのだ。

 

これは宗教のようなもので、そうやって金を巻き上げるのシステムはこれからも絶えることはない。結局、自分の幸せは自分で決めるのであり、試行錯誤して、努力して、勝ち取っていくものでしかない。

 

追記:

などと書いていたら「そんなことを知ったらメンバーは悲しむだろう」と思ってライブにいかなかった、とのこと。素晴らしいね。アイドルは二次元とは違う生身の存在だと気付けてよかった。

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熱狂無きところには価値なし

なぜかは分からないが確かにそうだよな、と。

 

しかし、少し前に読んだこの記事を思い出した。

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まとめると、

  • 極端に地価が高いエリアの再開発は巨額の資金と多数の合意形成が必要なため、失敗が許されず「前例」や「エビデンス」が最優先される。
  • その結果、高額な家賃(坪単価)を払える無難な既存店しか入居できなくなり、どこかで見たような均質化されたつまらない街が出来上がる。
  • 本当に魅力的な街や店は、そうした計算の産物ではなく、採算度外視の「個人の熱狂」からしか生まれない。

というようなことなのだが、これはまさに高学歴の人が陥る罠?だろう。

せっかく東大出たのに、漫画家になるなんて、農業やるなんて、トリマーになるなんて・・いくらでも出てくるこの職業たち、これらは選ばれずに、今最も高給で地位が高く、世間から「優れている」と思われる職に就く。なぜならそれがコスパがいいから。

サンクコストを気にするとどうしても「そんな勿体無いことはできない」となる。

しかし、世間から「アホちゃうか」と思われても自らの熱狂でフィールドを開拓してきたものたちは違う。

「私はコンサルをぶっ壊しにきました」という人はコンサルにならず、外の世界からぶっ壊しにくるのである。

 

自分も熱狂しているだろうか?

 

感情を明確にする

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プログラムを書いて、AIを使って、とやっているとどうも思考が硬直化してしまう。

感情的にも穏やかでない時が多い気がする。

感情が大事、とはわかっているものの、なかなか自分で客観的に自分の感情を認識するのは難しい。

 

感情を言葉で表現する:感情を明確にするには、感じている感情に名前をつけるのが有効。例えば、「今は不安だ」「怒りを感じる」など、シンプルでもいいので感情を表現すると、自分の内面を客観視しやすくなったりします。感情に具体的な名前をつけることで、状況に対する対処法が見えてくることがありますんで。


感情の原因を考える:なんか気持ちが動いたら、「なぜこの感情が湧いているのか?」と問いかける癖をつけてみるだけでも、感情の曖昧さを防いでくれたりします。例えば「仕事でのミスが不安の原因かもしれない」や「対人関係の問題でイライラしている」といった原因がわかれば、その感情が突発的なものではなく、特定の要因に基づいていることが理解できますからね。

 

やはり言語化。そして原因を見つける。

怒りたくて怒っている時がないか、などは気をつけたい。

運動しても、美味しいものを食べても、なぜか気分が晴れない時がある。

そんな時、何か他に原因があるのでは、と探って、言葉で表現して、自分の感情に気がつきたいものだ。

 

 

孤独と孤立は別物

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1. 「孤独(Solitude)」と「孤立(Loneliness)」は全くの別物

この2つは似て非なるもので、本人がその状況を「望んでいるかどうか」の差がある。

  • 孤立(ネガティブ): もっとつながりが欲しいのに得られない状態。脳はこれを「社会的な痛み」として処理し、強いストレスや心身の悪化を招く。人に囲まれていても起こる。

  • 孤独(ポジティブ): 自分の意思であえて人から離れる状態。脳を休ませ、感情のリセット、集中力、創造性の向上をもたらす。実は、質の高い孤独を持つ人ほど他者に優しくなれる(孤独は対人関係の燃料)というメリットがある。

ふむふむなるほどだ。

はっきり言ってブログを全然書かなくなったのも、孤立→孤独になったからではないのか。仕事にプライベートに忙しかったから、と思っていたが、孤立を発散する必要がなくなったのかもしれない。外との繋がりを求める内面が「何か自分の意見を残しておきたい!」と駆り立てていた?

しかし過去の自分(記事)に救われることがある、礎となっているのも事実。

未来の自分のために書いていたと思えば、その時は「孤独」だったのかもしれない。内省の時間も必要だ。

 

2. 現代の新たなストレス「アロンリネス(独りになれない病)」

  • 原因: SNSの通知、仕事の即レス文化、家族からの絶え間ない呼びかけなどによって、脳の「余白」が奪われ続けること。

  • 症状: 感情を処理する時間がなくなるため、イライラ、無気力、不眠のほか、処理しきれない感情のゴミを他者にぶつける「攻撃性の高まり」につながってしまう。

3. どうすればいい? → 自分にとっての「最適な孤独量」を見つける

孤独は少なすぎても多すぎても毒になるため、自分に合った「適量」を見つける必要がある。

  • 1日15分の完全遮断: まずは1日15分だけ、スマホも手放し、社会から完全に切り離された時間(散歩、読書など)を作る。

  • 孤独日誌をつける: 孤独の適正量は人によって違うため、1〜2週間「今日の独り時間」「交流時間」「寝る前の気分」を記録し、自分が一番調子が良い孤独の量(ゴルディロックス・ルール)をセルフ実験で探る。

 

「孤独を奪われると、人生の『編集権』を失う」

自分で自分をコントロールする、その中で孤独も必要ということだ。

カフェで一人で本を読むような時間、それが大事なのかも。

 

そして、「孤独(Solitude)」を望みすぎて「孤立(Loneliness)」しないように気をつけなくてはいけないだろう。

誰だって「あーあ一人なら映画を見たりゲームをしたりする時間が無限にあるのにな」と思ったことがあるのではないか。しかしそれで人を遠ざけていては真の幸せからは遠ざかる。

自由すぎる時間もまた毒である。

 

人生の有限性を認める

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有限性を受け入れる:まずは人生の有限性を認めるのが大事。人間には無限の時間もエネルギーもないが、現代人は「無限の可能性」を求めて疲れ果てている。しかし、私たちが持つ時間やエネルギーは有限だという事実を受け入れることで、逆説的に自由が生まれる。全てを完璧に行うことは不可能だと認め、自分が本当に大切にしたいことに絞り込むことで、充実感が増し、ストレスは軽減される。

向上心を持って自分を高めていくのが好きだが、いつまでも向上し続けていくことはできない。

アラサーのあなたがスクワットを一年でどれぐらい記録を伸ばしていけるだろうか?

今50kgを上げられるとして、1年で1kg増やしていくのなんて簡単だろう。

そのまま伸ばしていけばなんと100歳で120kgを上げられるようになる・・だろうか?

どこかでこの計算はおかしいと思わなくてはいけない。

それがゴールを設定することの意味だろう。

 

今の努力が何に結びつくのだろうか?いつかは終わりがくる命、それを何のために燃やすのだろうか?

人生の意味、というものを改めて考えてみたい。

 

 

バードテスト

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パートナーに向かって「今日、鳥を見たよ」と言う。
そして、パートナーの反応を観察する。

パートナーから話を振られてどんな返しをするか。

お互いが繋がりあいたいと思っているのなら、「どんな鳥だったの?」など話を広げようとするだろう。

至極当然の話だが、もしここで話が続かないようであれば、何かしらの問題が二人の間にある、そう考えてもおかしくない。

 

夫婦関係研究の第一人者であるジョン・ゴットマン博士はこの「相手とつながりたい」という小さなサインをビッドと呼んでいるとのこと。

G7Pってのは、ゴットマン博士が開発した7つの原則(ビッド理論を含む)をカップルに教えるトレーニングプログラムで、ざっくりと以下のような内容がふくまれております。

 

愛の地図を共有する(お互いの好みや価値観を把握する)
感謝と敬意を育む(ポジティブな感情の表現)
相手のビッドに応える (上述)
影響を受け入れる(意見のすり合わせ)
解決可能な問題を解く(ケンカのマネジメント)
行き詰まりを乗り越える(長年の葛藤の突破口)
共通の意味をつくる(儀式や価値観の共有)

相手がビッドに応えてくれるかどうか、そして自分も応えているかどうか、気にしなくてはいけない。

これは良い人間関係を構築するための基本と呼べる部分だな、と思ったのでまた引っ張り出してきて再考したい。

デジタルデトックスの必要性

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通知は「1日2回チェック」で十分:通知のたびにドーパミンが分泌され、注意の再起動が発生。朝と夕方だけ“まとめチェック”で脳を守る。

ツールは「1機能1アプリ」に絞る:似た機能を持つアプリを重複して使うと、切り替えコストが跳ね上がる。

メッセージは「事実→感情→行動」の3行以内:曖昧な文章は相手の推論疲労を招くため、「伝える」より「解釈されやすくする」ほうが重要。

1日のうち2時間は「通知ゼロタイム」を作る:ビセンテ式の“無通知タイム”を持つだけで集中の質が変わる。

AIは「要約と代行」に限定して使う:生成ではなく整理に使うことで、AIを「疲労削減マシン」に変えることができる。

自分で自分をコントロールできないのであれば中毒である。

もう叱ってくれる親はいないのだから、自分で自分のことを制御しなくてはいけない。

特に、

メッセージは「事実→感情→行動」の3行以内:曖昧な文章は相手の推論疲労を招くため、「伝える」より「解釈されやすくする」ほうが重要。

というのは何でも使える見事なコミュニケーション術だろう。

分かっていても、出来ると出来ないでは大きな違いがある。

やる必要があるのだからやっていこう。

 

話は変わるが、スーパー銭湯に行ってサウナに篭って外気浴する、というのが気持ちい。1時間ぐらいスマホを触らないでいられる環境というのも素晴らしい。

自分をコントロールする、というのは、そういった環境に自らを置く、ということも含まれる。

 

自分を楽しませたり喜ばせたりするために、自分を制限することも心掛けていかなくてはいけない。